ニートが好きだね?

ニートが好きだね?

昨日と違うニートになる。頭はたくさん動かした。手の動くままにやってみるよ。

ニートが好きだね?

『ロスト・メモリー』の怪物から復讐を学ぶ

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復讐は忘れた頃にやってくる映画

『ロスト・メモリー』のある怪物から復讐を学びました。ドイツの映画です。この記事は※ネタバレがあります注意してください。基本的には偶然再会した幼馴染と昔遊んでいた島にバカンスで訪れるうちに忘れていた記憶を思い出しハンナが事件に巻き込まれていく話になります。

復讐とFehde

とりあえず「復讐」という言葉を調べてみました。

自らの利益を侵害された個人や団体が、その報復として加害者に対し害悪を加えること。復讐は復讐感情ともよびうる原始的な本能に根ざすものではあるが、歴史的には、無法な攻撃を防止したり、被侵害者の権威を維持・回復する手段でもあった。
フェーデFehde(ドイツ語)の伝統をもつゲルマン社会では、古くは、個人または公の利益を侵害する者に対する部族Sippeによる組織的な復讐が宗教的な信仰になり、制度としても確立していた。

復讐(フクシュウ)とは - コトバンク より引用

なんかドイツ語とかゲルマン社会の話が出てきている。この映画もドイツ映画だけど偶然なのだろうかもう少しくわしく調べてみようというわけで上に出てきたフェーデについて調べてみました。

フェーデ(ドイツ語: Fehde)とは、歴史学における法学的意味での自力救済を指す用語。中世では自己の権利を侵害された者はジッペや友人の助力を得て、侵害した者に対して自ら措置を講ずることができた。これは原始的な血族単位での報復である血讐を中世法に適合的なように改めたもので、中世法では身代金を積むことでフェーデによる暴力を避けることができた。

フェーデ - Wikipedia より引用

やられたら組織的にやり返すという歴史があったみたいですね。いろんな国に似たようなものはあると思いますが今回はドイツの映画だったのでここを取り上げてみました。それでは映画の話に行きます。

幼馴染との再会そして島へ

ハンナは医師として働いていました。そこにクラリッサという女性が睡眠薬の服用で倒れて担ぎ込まれてきます。ハンナは女性の名前を見て気づきました。

病院のベッドの上で目を覚ましたクラリッサはそこでハンナと25年ぶりに再会します。結婚生活がなかなかうまくいっていかなかったハンナはクラリッサに相談します。

そんな流れからハンナ、クラリッサ、ハンナの娘のレアの3人は気分をリフレッシュするために子供の頃一緒に遊んだ島へバカンスに出発します。

島に着いて徐々に子供の頃の記憶が蘇り始めます。しかしなんとなくその島には違和感があります。不気味というか秘密というか。そして泊まる家でティムという男性に出会います。

1日目 マリア

夕飯の魚を買いに来た鮮魚店でガブリエラというおばあさんに出会います。そして魚を買って帰ろうと店を出るとマーコスという男性とぶつかってしまいました。彼との会話の中でこんなシーンがありました。20分くらいのシーンです。

マーコス「前にも来た?」

ハンナ「8才か9才の頃までは毎年来てた」

マーコス「なぜ それ以来?」

ハンナ「分からないわ」

マーコス「僕はずっとここで暮らす」

ハンナ「寂しい場所なのに?」

映画『ロスト・メモリー』より引用

昔は毎年訪れていたことが分かりますが来なくなってしまった理由は忘れてしまったようです。マーコスと話しているところをクラリッサに目撃されたハンナはもう彼氏ができたのとからかわれます。

そして夜、ハンナとクラリッサはお酒を飲みながら昔のアルバムを眺めてある少女の話をします。

ハンナ「この子は誰?」

クラリッサ「マジな質問?」

ハンナ「本当に知らないの」

クラリッサ「マリアよ ほら 一緒に遊んだ島の子 よく窓に小石を投げて呼びに来た 私は忘れてなくて嬉しい」

映画『ロスト・メモリー』より引用

マリアのことを思い出せずに外でタバコを吸っていると急にティムが現れて「さっさと帰れ」と忠告をして帰ります。 しかしハンナにはそれが何故だかわかりませんでした。

2日目 ガブリエラとマリア

夢から覚めると1枚の絵が置かれていました。レアは私の絵ではないと言います。不思議に思いながらも今日の予定を決めながら前日にレアが鮮魚店に人形を忘れてしまったのでハンナは取りに行くため訪れるのです。

しかしお店には魚を売ってくれたガブリエラの姿が見当たりません。店の奥に進むにつれて昔の記憶が少し蘇ります。そして2階へとハンナは上がっていくとそこには子供部屋がありました。

そこに飾られていたのはたくさんの絵と置かれていた1つのブレスレット。絵には「HANNA」「MARIA」とそれぞれの女の子の下に文字が書かれていました。そしてあることを思い出します。

「マリアとハンナは世界一の親友である」という記憶です。そんなことを思い出していると後ろからおばあさんに肩をさわられて我に返ります。娘の人形を返してもらって腕につけていたブレスレットを外そうとするとガブリエラにそれは「あなたの物」と言われます。

そしてハンナはマリアのことを思い出そうと行動し始めるのです。この日マーコスに尋ねたハンナはあることを教えてもらいます。

マーコス「マリアって子は魚屋のガブリエラの娘 子供の頃 死んだ 胸が痛む 親しかったの?」

映画『ロスト・メモリー』より引用

親友のマリアは子供の頃に死んでいたことを知るハンナは何故忘れていたのだろうというような気持ちを抱えながら戻ります。帰り道にあることを思い出します。「廃墟で怪談話をした」という記憶です。

その日の夜マリアのことをクラリッサに聞きましたが彼女が死んだ理由はわかりませんでした。

3日目 マーコスとマリア

朝目覚めると窓にひびが入っていました、まるでマリアが呼びに来たかのように。そしてジョギング中マーコスを見かけて話を聞きに行きます。彼はこんなことを教えてくれました。

マーコス「まるで神隠しのようで 失踪とされた

ハンナ「行方不明?」

マーコス「ああ 海で溺れたとか 君達の隣の家に住むティムを疑う者もいる 孤独に暮らしてるから疑われやすい」

映画『ロスト・メモリー』より引用

マーコスもマリアのことを知っていましたが子供の頃のことでよく覚えていないとのことでした。そして遺体が見つかっていないからガブリエラは諦めきれていないと。

夜中目を覚ましたハンナは少女をを見かけます。そして娘の名前を呼んでも返事がなく探しに地下室に降りた時あることを思い出します。「マリアと何かの約束をした」という記憶です。

4日目 クラリッサとマリア

その日ハンナは夜中のことで怯えていました。そして睡眠薬を探しますが空になった薬を見て自分がいつの間にか睡眠薬に依存していることに気づきます。

クラリッサとレアはともに海辺で遊んでいました。そんな中クラリッサが指で虫を潰すのを見てレアは何かを察知します。そしてふとクラリッサが目を向けた先にはある少女が立っていました。

帰ってきたハンナはクラリッサに昔どんな事件があったのか聞きます。そしてあることを思い出します。「クラリッサと『誰にも言わないで忘れる』と話した」という記憶です。

そしてハンナは隣の家のティムの元を訪ねます。彼は無言で家に招き入れました。そして「大変なことになる」と忠告されます。その帰り道また少女を見かけます。追いかけた先は昔、クラリッサと怪談話をしながら入り込んだ穴でした。その場所であることを思い出します。「マリアは穴に落ちた」という記憶です。そしてハンナはマリアの亡霊がこの島には居ると。

5日目 繋がりだす記憶

朝食の準備をしながら次の船で帰ることをハンナはクラリッサに伝えます。この雰囲気の場所から娘をつれて早く出たかったのです。

そして船場に向かう途中で鮮魚店に寄ります。ガブリエラにマリアの遺体のお場所に心当たりがあり場所を伝えるとあることを言われます。

カブリエラ「お前の悪ふざけだ 今度はあの子の番」

映画『ロスト・メモリー』より引用

船着き場には「本日休航」の看板が。夫は電話に出ません。困ったハンナはマーコスのもとを訪ねます。そして船が故障していること翌日まで帰れないことを伝えます。そして最後に意味深なことを言います。

マーコス「ハンナ 仕方ないんだ  彼女の思いだから 彼女の怒りだ」 

ハンナ「彼女って?」

映画『ロスト・メモリー』より引用

そしてあることを思い出します。「マーコスがマリアの妹であり過去に居場所を伝えていた」という記憶です。その夜クラリッサにマーコスのことを話します。

6日目 そして真実へ

携帯をなくし電話をかけるため外に出るとマーコスが1枚の絵と共に船着き場で死体で発見され人が集まっているのを目撃します。ガブリエラは悲しみの中こちらを眺めるハンナに気づきます。その表情は「憎しみ」そのものでした。

電話は繋がらず戻るとレアがティムにさらわれたとクラリッサに言われます。ティムがクラリッサの首を絞めて背中を向けた際ハンナはティムを斧で切りつけました。倒れ間際ティムはハンナを突き飛ばし気絶します。

そんな中クラリッサは家のなかである子供を捕まえます。その子はクラリッサを「ママ」と呼んでいました。

目を覚ましたハンナはそこにガブリエラが居ることに気づきます。そして全ての計画を知るのです。ガブリエラは娘を怪物に変えたハンナを同じ目に合わせたいほど憎んでいましたがハンナの娘に罪はないことを理由に戸惑いをみせます。そしてガブリエラはママに叩かれ泣きながら現れた孫娘を抱きしめながらもう芝居をやめることを決めます。

例の穴の場所にたどり着いたハンナはそこでマリアと会います。そして全ての記憶を思い出すのです。

マリアは世界一の親友に置いてかれ忘れられたマリアは救助されるも恐怖で精神を壊されずっと入院生活をすることになり看護師に妊娠させられ母親ガブリエラは世間体を気にしてマリアを死んだことにしました。復讐心だけが彼女の生きる力だったのです。

計画を達成するために本物のクラリッサ、弟のマーコス、真実を知るティムは殺されたのです。そしてその復讐の対象はハンナの娘に向けられました。そしてレアを救おうとしたハンナはマリアによって穴に閉じ込められます。

そして現実へ

目を覚ますとそこは病院でした。目の前には夫のヨハネスが居てレアは無事であることを知ります。しかしティムを殺した犯人にされ娘に睡眠薬を飲ませて穴に飛び込みクラリッサが助けたことになっていたのです。

ヨハネスとクラリッサが共に住むようになりレアの表情はマリアと同じ、復讐の心に満ち溢れた怪物になっていました。

学んだことと書きたいこと

最初に書いた通り復讐といっても主にマリアによる復讐でしたが家族全体が関わっていた計画という意味では組織的な復讐に近いなと感じました。

しかし冷静に考えるとマリアは人生を壊されたという理由で、ガブリエラは娘を怪物に変えられたという理由でありたまたま対象がハンナで一致していただけで理由は個人ごとに異なっている様に感じました。

ガブリエラやマリアの娘、マーコスは計画に参加させられながらも最後には理性が働いている様に感じましたがマリアの復讐心の強さは理性を超えていたということだと思います。

ティムは本当に守ろうとしましたが過去に告げ口したら自分のせいにされることで黙っていた経緯がありそれはマリアの復讐にとって死に値するものだったのでしょう。

今まで勝手に復讐は1:1によるものという先入観を持っていましたが1:組織という形もあるということを学びました。

そしてレアという怪物が誕生し復讐は次の復讐を生むという連鎖は止められないということも学びました。

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ロスト・メモリー(字幕版)

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『すれ違いのダイアリーズ』のソーンとエーンから水上学校を学ぶ

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すれ違う2人の教師が日記を通じて成長していく映画

『すれ違いのダイアリーズ』のソーンとエーンから水上学校を学びました。タイの映画です。この記事は※ネタバレがあります注意してください。基本的には僻地にある水上学校に赴任した男性教師と女性教師がすれ違いながらも日記を通じて教師として、人間として互いに成長していく物語です。

分校とは

まず映画の話に進む前に分校について少し整理しておこうと思います。分校というのがよく分からなかったのでとりあえず調べてみました。

一般的なものとして、小・中・高校などで交通機関が不便な地域や離島等通学が困難な遠隔地に設置されるものが多いが、病院内に病弱者を対象とするもの(院内学級)、刑務所で受刑者を対象とするもの(松本少年刑務所内の松本市立旭町中学校桐分校など)、冬季など季節を限定して設置されるもの、児童や生徒の数が多すぎて本校だけでは賄いきれないために設置されるもの等がある。

分校 - Wikipedia より引用

日本においてはこのようになっています。また結構規定が多かったりしていました。ただ今回はあくまでタイの分校、水上学校が舞台となっています。

ここでいうところの“交通機関が不便な地域や離島等通学が困難な遠隔地”というのがこの映画では当てはまっています。それでは実際にどんなところなのか見ていきます。

映画における水上学校

実際に調べてみたところモデルになった学校が実在するそうです。タイ語ですけど何とかなります。

travel.mthai.com

メーピン・国立公園内にありましてバーンコーチャットサン校という学校の分校と書いてありました。実際にグーグルマップを探検してたらありました! 

www.google.co.th

水に浮かんではいますが写真上では映画のように完全に湖のど真ん中って感じでもなさそうですね。生徒たちは試験等を受ける際は街まで出ている様にこの映画では見えましたが今回の映画では基本的にこの様な水の上の分校で休日以外生徒たちと暮らしながら学んで成長していく教師の話なのです。

ソーンとエーンそして日記

この映画のひとつの特徴として時間軸は違いますがソーンとエーンが同じ場所で同じように教師として奮闘していきます。その2人の時間軸の違いを繋ぐ重要な役割を果たしてくれるのがエーンが書き始めた日記なのです。

観始めた最初は同じ時に面接を受けているものだと思っていましたが良く観ると校長先生の面接時の服が違うんです。まぁ違う日ということは一応分かります。

そしてその学校に向かう途中に“メーピン・ダム”の看板があります。実際の学校もメーピン・国立公園にあるのは上に書いた通りです。

エーンが担当した2011年

エーンはソーンが担当した前任としてこの学校に居ました。エーンにとってこの学校はド田舎であり電気も水道も使えず携帯の電波も繋がらない僻地でとてもうまくやっていけるか不安でした。ジージーという同僚が居るのが救いでしたが彼女はそんな生活の中で日記をつけ始めるのです。

朝になると生徒たちと国旗を掲げて国歌を歌います。良かったら調べて聴いてみてください。僕はこの映画で初めてタイの国歌を知りました。

そして勉強を始めるのですがある問題がありました。それは生徒が7人居るのですが学年がバラバラだったのです。そこでジージーが低学年を担当しエーンは残りをみることになりました。

エーンにはヌイという恋人がいました。街の学校で教師として働いてほしく心配するヌイと喧嘩別れしてしまいます。その時彼女はこんな風に言っていました。

エーン「男って本当にバカね『本当にそう思うなら 行って』女が別れようと言うのは仲直りしたいからなのに」

映画『すれ違いのダイアリーズ』より引用

失恋した彼女は気持ちを吹っ切るために湖に飛び込みます。

そしてある日、衝撃的な出来事が起こります。学校のトイレの下に水死体が浮かんできたのです。雨季には浮かぶとありましたがこの死体が浮かんできたのは監督によると実話をもとにしているそうです。この件で一緒に働いていたジージーは耐えられなくなり街に帰ります。

こうしてエーンは恋人と同僚を失いさらに孤独になってしまいました。それでも日記にある言葉を書きます。子供たちは見捨てられない“ネバー・ギブ・アップ”と。

エーンは子供たちに熱心に勉強を教えますがあることに気づきます。将来の夢が皆漁師であり進学意欲がないのです。つまり夢が固定されている子供達を見て自分の教師としての限界に心を痛めていました。あくまでどう生きていくかは子供たちの問題だからです。 

ソーンが担当した2012年

ソーンがこの学校に来たのは2012年です。しかしそこに生徒は1人もいませんでした。そんな誰もいない学校で1冊の日記を見つけます。これがソーンとエーンの初めての出会いでした。

人を探すためボートを動かそうとするもソーンは操作を誤り教師生活序盤にしていきなり腕を骨折します。

ある日1隻の船が通ります、そこで声をかけると生徒たちがいない理由が分かりました。先生が来たことを誰も知らなかったのです。そこでソーンは船に乗せてもらい生徒たちを呼びに出かけるのです。

ソーンが担当したのは4人、学年は1~4年生とエーンと同じくばらばらでした。教えるのも慣れておらず子供立ちは言うことを聞かず散々な思いをします。

特に最初にソーンが辛い思いをしたのは子供達にエーン先生と比較されること、週末以外恋人と離れ離れで生活しなければならないこと。そして悲しいことに初めての週末に家に帰るとソーンの彼女は別の男と浮気をしていました。

慣れない場所での慣れない仕事、そして失恋。心をズタズタにされるソーンを救ってくれたのは日記のある言葉でした。

“SOB”これは“スクール・オブ・ブロークンハート”の頭文字で1年前にヌイと喧嘩別れしたエーンの言葉です。映画では「失恋学校」と呼んでいました。

それを読んだソーンはバイクに乗りながら湖に飛び込んでいました。こうしてソーンは徐々にエーンに惹かれていくのです。

そしてある日、学校に現れたヘビを撃退することで子供たちと一気に距離が縮まります。勉強だけでなく共に生活、暮らしていく中でその距離はぐんぐん縮まっていったのです。また彼のエーンへの想いはどんどん強くなっていきました。

しかし2人を繋ぐ大切な日記が台風によって流され学校は半壊してしまいます。ソーンはそれを1枚1枚集めて乾かし日記を修復していったのです。そんな中で支えてくれたのがエーンの“ネバー・ギブ・アップ”という言葉でした。ソーンは子供たちと学校を修復します。

前期の試験が終わりソーンの教師としての結果は良くないものでした。自分もなかなか勉強ができず、そんな辛い日に日記に衝撃的な文を見つけてしまいます。エーンはプロポーズされていたのです。

そのショックの想い、学校での出来事を日記に綴りました。特に「ローイクラトン」のシーンはとても幻想的で言葉にできません。ぜひ行事の様子を調べてみてください。その文章にはこの日記がどれだけソーンを支えてくれていたか素直に書かれていました。そして彼は日記から教わったことをこのように述べていました。

ソーン「僕は知った まだ見ぬ遠くの人を想うことで 人が幸せになれることを この日記は持ち主に返そう」

映画『すれ違いのダイアリーズ』より引用

エーンが担当した2013年

そしてエーンは街の学校に移ります。それを支えてくれたのはヌイでした。そしてプロポーズされたのです。しかし街の学校になかなか適応できないことに頭を悩ませます。とどめを刺したのは婚約者のヌイは浮気をしていてその相手の女性は妊娠していました。その現実を突きつけられたエーンは黙って学校を後にします。

2013年になりエーンは校長に頼んでもう一度水上の分校で教師をすることを願い出ます。ソーンの教育成果にがっかりしていた校長は快諾します。

水上学校に帰ってきたエーンは色んな変化に気づきます。台風から修復された学校、学年があがり身長が伸びた子供達、そしてあの日記に気づきます。

日記は台風で流され修復してもショックで燃やしかけた痕がありぼろぼろになっていました。そんな中に自分で書いた覚えのない文字が足されているのです。そこで汽車を見たことない子供たちにボートで学校を動かし汽車を教えたことが書かれていました。

彼の日記を読んでいく中でエーンは徐々にソーンに惹かれていきます。校長先生に尋ねてみると履歴書を見せてくれました。そこで初めてエーンはソーンの外見を知ります。そしてその情報をもとに探すも彼を見つけられませんでした。

そんな彼女を支えてくれたのは“僕も孤独だ”と付け足されたソーンの文字と彼には難しい数式でした。エーンは彼を想う気持ちがどんどん強くなっていきました。

同じ場所で同じ日記を読みながらも違う時間を過ごす2人の時間差は徐々に縮んでいきます。生徒から春休みに彼が来ることを知るのです。

重なりだす2人の時間

そんな彼女の前に現れたのはヌイでした。彼は浮気をして相手の女性を妊娠させてから毎週贖罪の手紙を書き続けていました。ソーンが来る前日にエーンはそれを全て読みます。そしてヌイと共にソーンを待たずに帰るのです。

帰りの車中でソーンのために置いてきた日記を忘れものだと思ったヌイが渡してきます。そこには成長した子供たちの様子や思い出が綴られていました。

エーン「ソーン先生 思い出させてくれてありがとう 教師を志した当初の気持ちを 心から感謝しています エーン」

映画『すれ違いのダイアリーズ』より引用

そして踏切で汽車が通り過ぎたときヌイに問いかけます。ソーンの汽車の話を。 

エーン「この教師をどう思う?」

ヌイ「熱心な先生だな だが1教室50人で校舎が動かなければどうする?子供は問題を?」

エーン「解けたわ でも試験は不合格」

ヌイ「教師が授業だけに集中していれば合格しただろう」

エーン「でも 汽車を知った」

映画『すれ違いのダイアリーズ』より引用

エーンは自分も同じことをしただろうと気づきます。そしてヌイとは理解しあえないだろうと悟るのです。そして彼女は学校に戻ります。

そこにあったのは同じ場所で同じ日記を同じ時間で手にする2人の姿でした。

学んだことと書きたいこと

水上で生活をしていれば船で移動することに驚きはありませんでしたがたしかにそこで生まれた子が学校をどうしているかなんて考えたことがありませんでした。

そして実際にそういう学校は存在しそこで生活する教師がいることを知れました。

また「ローイクラトン」「ロイクラトン」「コムローイ」は本当に綺麗だな、いつか現地で見てみたいと画像や動画をネットで調べるたびに思いました。

同じ場所で同じ日記を読んでいるのにすれ違う2人というこのもどかしさが本当になんともいえない気持ちにさせてくれる作品でした。

僕はこういうの弱いので号泣していました。ちなみにタイの映画なのでタイ語です。是非興味がある方は観てみてください。予告編だけでもどうぞ。

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すれ違いのダイアリーズ(字幕版)

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『ハッピーニート おちこぼれ兄弟の小さな奇跡』のジェフから運命の捉え方を学ぶ

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30歳ニートが周囲を巻き込みながら成長していく映画

『ハッピーニート おちこぼれ兄弟の小さな奇跡』のジェフから運命の捉え方を学びました。アメリカの映画です。この記事は※ネタバレがあります注意してください。基本的には30歳の実家暮らしのニートが映画『サイン』の影響で常に何かの「啓示」であると信じて行動していくうちに家族を巻き込んで成長していく話です。

啓示と『サイン』

映画の話に行く前にまずこの2種類を説明しておこうと思います。「啓示」について辞書で調べてみました。

① 明らかに表し示すこと。 

② 人の力では知り得ないことを神が教え示すこと。

啓示(けいじ)とは - コトバンク より引用

もう少し詳しく載っている辞書もあるのですけどややこしいので興味がある人は調べてください。今回の映画では②の意味合いの「啓示」に近い使われ方だと思います。

そして『サイン』については映画です。 

『サイン』(Signs)は2002年のアメリカ合衆国のSFホラー映画。監督はM・ナイト・シャマラン、出演はメル・ギブソンとホアキン・フェニックスなど。2002年で最も高い収益を上げた映画の一つ

サイン (映画) - Wikipedia より引用

ニートのジェフとすべての始まり「KEVIN」

ジェフは30歳で実家暮らしのニートです。そして上にも載せたように映画『サイン』の影響で自身に起こることが何かの啓示なのではないかと考えながら生きていました。

そしてある日家にかかってきた電話に出たジェフは「KEVIN」と怒鳴られて切られます。彼はそれを紙に書きながら並べ替えます。NEVIK、VIKEN、「KNIVE」に行き着きます。刃物のことです。「Knife」とスペルが違うと思ったのですが複数形は「Knives」となるようです。

ナイフ - Wikipedia(参考サイト)

ちなみに余談ですが他の2つの文字も検索をかけたらアーティストだったり、デンマークの地名がヒットしました。

そして家にある包丁を手に取ると電話が鳴り響きます。その電話は母からで家の棚が壊れたから直してほしい、私の誕生日くらい言うことを聞いてというものでした。

ジェフの兄パットと妻のリンダ 

一方、ジェフの兄のパットは結婚もしていて仕事もしていましたが冒険的な性格でした。しかしパットの冒険的な姿勢は自己中心的なものであり、家を買うために現実的に節約してきた妻リンダを無視して車を購入したりしていました。2人の夫婦関係は良好とは言えない状態でした。

動き出すジェフ

母に頼まれた棚を修理するためにジェフは外出します、バスに乗車するさいお年寄りを手伝うなど彼の優しさがみてとれました。

そのバスの中で「KEVIN」という文字が入った服を着た青年を発見します。気づいたらジェフは彼を追い始めていました。

しかし人違いだと言われたジェフは流れで彼とその仲間に母に頼まれていた修理に使う木工用ボンド買うお金を奪われてしまいます。

ジェフの母シャロン

そんな2人の息子を持つ母シャロンは誕生日でした。そしてジェフだけでは頼りなくパットにも電話をして弟を説得してジェフ自身に棚を直させようと頼んだのです。

そんな中、職場のデスクである不思議なことが起こります。紙飛行機が飛んできたのです。その紙飛行機に描かれていたのは「クチナシ」の花でした。

クチナシ - Wikipedia(参考サイト)

いったい誰がこんなことをしているのかシャロンは気になりだします。

動き出す兄弟とリンダそして対立

お金を奪われ仕方なく歩いているジェフはたまたまパットがいたファミレスの前を通り過ぎます。

それに気づいたパットは仕方なく母に頼まれたのでジェフを説得して車に乗せて走り出します。そして2人はパットの妻リンダが別の男性と一緒にいるのを目撃するのです。

気になった2人はリンダを尾行していくうちに気づいたら父親の墓に辿り着いていました。そこでの2人の会話が印象的だったので紹介します。

パット「最近 親父の妙な夢を見るんだ」

ジェフ「本当?」

パット「親父は教師で俺は同級生と一緒に教室で席についている “史上最良の日はいつ?”と親父が聞く “クリスマス”と誰かが言うが親父は“違う”と 間違えた奴は退室する そのうち教室には俺と親父だけが残されて俺にも同じ質問をしてくる 緊張した俺が“分からない”と言うと 親父はほほ笑んで」

ジェフ「“今日だ”と言う」

映画『ハッピーニート おちこぼれ兄弟の小さな奇跡』より引用

ジェフとパットは中身は違うけど同じような夢を見ていました。しかし2人の捉え方は別々なものでした。

ジェフはパットと同じ夢を見れたことをとても運命的に捉えましたがパットは覚えていないだけで2人とも記憶のどこかにあったことなのかもと現実的に解釈します。

すると後ろで「KEVIN KANDY」というトラックが走りだそうとしていました。ジェフは急いでトラックの後ろにしがみつきます。パットは自分のやり方でリンダを追っていき兄弟は別々の道に行くのです。

動き出す母シャロンの夢と現実

紙飛行機の花が送られてからPCにメッセージが届くようになります。そこには“あなたの隠れファン”と書かれていました。

自分の年齢や環境という現実に自信を無くしていたシャロンでしたが、徐々にこのメッセージを送ってくれているのが誰なのか気になりだし意識し始めます。そして同僚の中にいることが分かったシャロンはより一層気になっていました。

しかしその相手が唯一そのことを話していた同僚のキャロルだったことを知り落ち込みます。シャロンは同性ではなく男性に愛されてたいと願っていたからです。

キャロルはシャロンに大事なことをきづかせてくれるのです。“ありのままの自分を受け入れるべきだ”とそして夢を叶えてくれます。会社のスプリンクラーを作動させキスをするのです。彼女が願った滝でのキスのように。

ありのままの自分に気づいたシャロンはキャロルと会社を抜け出しニューオーリンズを目指します。

パットとリンダの対立

パットが行き着いた先はホテルでした。妻が男性とホテルにいることに絶望します。そこでどうにか部屋に乗り込もうとしますが動けずにいました。

そんな中あるトラックがホテルに辿り着きます、その後ろにはジェフがしがみついていました。こうして再び兄弟は合流し妻のいるホテルの部屋に突入しに行きます。パットとリンダの会話が印象的だったので紹介します。映画の50分くらいの部分です。

リンダ「あのね 1つだけ教えてほしいの」

パット「何だ?」

リンダ「私が他の男といたから怒ったの?」

パット「そうだ そうだ」

リンダ「それとも 私を失うと思って?」

パット「長い質問だな」

映画『ハッピーニート おちこぼれ兄弟の小さな奇跡』より引用

恋愛はとても難しそうです。ニートなりに考えてみました。つまりリンダは他の男といたから来たのか私を失いたくないから来たのかを質問しているんだと思います。

前者は他の男といないのなら何処にいても心配しないし追ってこないと捉えられます後者は愛しているから来てくれたのではないの?というリンダの心の訴えに聞こえました。

そして前者に「そうだ」と2回繰り返したパットには愛されていないと判断したリンダは出ていきます。リンダは自分の気持ちをパットに尊重してほしかったようです。

全てが繋がり始める

パットは感じ取ることができるジェフを羨ましがりますがジェフは僕は別に「幸せじゃない」と否定します。

ジェフは父が死んでから“すべてのことに理由を探していた”のです。そして数々の啓示は今日のためにあったのだと考えます。

そして兄に今自分がどうされたら嬉しいか気づかせます。本当はとても“シンプル”なことなんだと。そしてパットは気持ちを伝えるべくリンダの元に向かいます。

しかし酷い渋滞に巻き込まれます、ジェフは兄に直感を信じてとアドバイスをするとパットは走り出しました。そんな走り出すパットを偶然ニューオーリンズに向かっていた母は目撃して追いかけます。

タクシーの中で取り残された運転手とジェフは不思議なことを話します。

ジェフ「ずっと探し求めてきた運命が分かるのって 味気ないね」

映画『ハッピーニート おちこぼれ兄弟の小さな奇跡』より引用

そして渋滞に巻き込まれていたリンダに追いついたパットは自分の気持ちを伝えます。そこに追いついた母とキャロルが挨拶している最中全力でジェフが走り抜いていきます。

渋滞の原因になっていたのは事故でその事故により車が橋から川に転落していたのです。ジェフは迷いなく飛び込んでいきました。そして子供と親を救います。

しかしジェフは沈んだまま浮いてきません。心配になったパットも飛び込んでジェフを助け出します。

そして家に着いた全員でシャロンの誕生日を祝いました。ニュースで流れていたのは橋で救出された男性の名前でした。それを眺めたジェフは壊れた部品にボンドを塗り棚を修理しました。

学んだことと書きたいこと

ここまで長々と書いて思いましたがこの映画は感じ取る映画なんだと思います。

“ありのままの自分”“直感を信じる”そういうものに目を向けてみるいいきっかけになった映画でした。全ては偶然の積み重ねと言えばそれまでなのでしょうけど「啓示」と捉えるのであれば全ては必然だったのでしょう。

パットとリンダやシャロンのこんなはずではなかったという夢と現実の差がジェフというニートを通していつのまにか埋まっていっている様に感じました。まるで棚の隙間を埋めるかのように。

僕がこの映画から学んだのは自分が探し求めているものは自分がどう捉えるかであんがいそこらへんに転がっているということです。

しかしただ手を伸ばせば届くわけではなく気づいて行動することで届くのでしょう。

それに気づく日を“史上最良の日”と呼ぶのであれば自分次第でその日は作り出すことができるのです。

引きこもりニートという状態の自分にとっては興味深いタイトルの映画でした。しかし正直ニートという設定が必要であったかどうかはわかりませんがいろんな要素が徐々に1つに集まっていくという露骨に作られた偶然が案外面白く楽しく観られました。この映画を観てから『サイン』を観たらまた新しい気づきがあるかもしれません。最後に冒頭のジェフの言葉を載せておきます。

この宇宙ではすべてがつながっている 心を開いていれば啓示を感じられるはず その啓示に従えば自然と運命が見えてくる ジェフ

映画『ハッピーニート おちこぼれ兄弟の小さな奇跡』より引用

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ハッピーニート?おちこぼれ兄弟の小さな奇跡 (字幕版)

予告編はこちら 

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 実家暮らしの日本とアメリカの捉え方の違いに触れた記事はこちら

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『ジンジャーの朝 さよなら、わたしが愛した世界』のジンジャーから生きることを学ぶ

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来ないかもしれない明日を守るために生きる映画

『ジンジャーの朝 さよなら、わたしが愛した世界』のジンジャーから生きることを学びました。イギリス、カナダ、デンマーク、クロアチアの4カ国で制作された映画です。この記事は※ネタバレがあります注意してください。基本的には冷戦時代に突入したロンドンでジンジャーという少女が複雑な問題を抱えながら生きていく物語です。

簡単な時代背景と冷戦

結構関連してくるため書いていきます。まず冷戦とは何だということで調べました。

 冷戦(れいせん、英: Cold War、露: Холодная война)もしくは冷たい戦争(つめたいせんそう)は、第二次世界大戦後の世界を二分した西側諸国のアメリカを盟主とする資本主義・自由主義陣営と、東側諸国のソ連を盟主とする共産主義・社会主義陣営との対立構造。米ソ冷戦や東西冷戦とも呼ばれる。

冷戦 - Wikipediaより引用

またこの映画の冒頭シーンは広島に落とされた原爆の映像から始まります。これも調べて載せておきます。

 広島市への原子爆弾投下(ひろしましへのげんしばくだんとうか)は、第二次世界大戦(太平洋戦争)末期の1945年(昭和20年)8月6日午前8時15分、アメリカ軍が日本の広島市に対して世界で初めて核兵器「リトルボーイ」を実戦使用した出来事である。これは、人類史上初の都市に対する核攻撃である。

広島市への原子爆弾投下 - Wikipedia より引用

なぜこの2つを調べたかというとジンジャーは1945年に生まれます。そして17歳になった1962年のロンドンから物語は始まっていくわけです。主な時代の流れを以下にまとめます。

  • 1945年 広島原爆投下、第二次世界大戦の終結、ジンジャーの誕生
  • 1962年 キューバ危機

正直この17年の間にものすごいことが起きているわけですが映画では省略されていたのとあくまでジンジャーの心に焦点をあてたいので割愛します。

戦争は終わったけれどアメリカ側とソ連側に分かれて競うように核開発、実験を行い両国が戦争を行う寸前までいった時期です。

ジンジャーとローザ

ジンジャーには親友のローザが居ます。ささいなことで笑い合いたくさんの体験をしていく時もいつも一緒にいました。しかしこの2人には相違点もたくさんあります。

ジンジャーは核兵器廃止に活動的で詩を好み恋愛は奥手。

一方ローザは核兵器に対しては教会で祈り、見た目に気を使い恋愛は積極的。そんな風に僕には見えました。

YCND

CNDとは核軍縮キャンペーンのことを指します。

核軍縮キャンペーン(かくぐんしゅくキャンペーン、英語: Campaign for Nuclear Disarmament、CND)は、1957年に設立されたイギリスの反核運動団体。核廃絶運動、核兵器撤廃運動などとも訳される。

核軍縮キャンペーン - Wikipedia より引用

YはYoungの略で若い世代のCNDということでYCNDになります。ここの集会にジンジャーとローザは参加していくわけです。上のリンクに飛んでいただければわかりますがここでシンボルになっているのが後のピースマークです。

以前『フィールド・オブ・ドリームス』の記事の中でピースマークについては紹介しましたので良かったらそちらも読んでみてください。 

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そして徐々に“活動家”としての彼女が現れてきます。

ジンジャーの両親とローザの両親

ジンジャーの父ローランドは自由奔放で恋愛においても法律においても自分の思うままに生きていました。

なかなか帰らないローランドが他の女性と仲良さそうにいる姿に母ナタリーの心は徐々に締め付けられていきます。そしてあることがきっかけでローランドは家を出ていきます。

つまりナタリーはローランドの女性関係に疑いを持ちつつもただ夫に愛されたいだけなのですがローランドにとってそれは“感情的強迫”でありローランドの生き方の障害になっていました。

そんな中ローザはローランドに理解を示します。何故ならジンジャーとローザは互いに自分の母親達に対してうんざりしていたからです。

徐々にすれ違うジンジャーとローザ

ジンジャーが核の動きや活動に興味を示していく中でローザはローランドに惹かれていきます。そしてだんだんと2人は別々の道を歩み始めていくのです。

母ナタリーとの生活に耐えられなくなったジンジャーはローランドと一緒に住み始めます。しかしその生活の中で目の前で繰り広げられるのは父親と親友の不倫というものでした。

居場所のために泣きながらその現実と闘うジンジャーの姿には言葉が出ませんでした。

活動家として突き進むジンジャー

ジンジャーは百人委員会というものに参加しようとします。

その後、彼はイギリスにおいて核廃絶を求める運動を展開、そのためのグループ「百人委員会」を結成。国防省前で抗議のための座り込みを行い、そこで再び逮捕されています。

http://zip2000.server-shared.com/bertrandrussell.htm より引用(参考サイト)

ここでいう彼というのが映画内でジンジャーが言うラッセルのことです。ラッセルに関しては以下に載せておきます。

バートランド・ラッセル - Wikipedia

命を守るためにより行動がエスカレートしていきます。

分裂と許し

やがてローザがローランドの子を妊娠します。その秘密を抱えたジンジャーは心に大きな爆弾を抱えたのです。そしてこの誰にも言えない爆弾により全てが分裂していきます。

デモに参加したジンジャーはベラと合流するも警察によって引き離され投獄されます。そして人類が滅亡するかもしれない脅威と誰にも言えない秘密という2つの爆弾に挟まれ彼女の心が壊れます

この秘密を話したことによりローランドとナタリーは分裂しジンジャーとローザも分裂しローザと彼女の母親の関係も壊れました。そしてナタリーは薬を大量に飲み自殺を図ります。

生きることを求めていたジンジャーはそれぞれの違いを認め詩を通して許しました

学んだことと書きたいこと

冷戦のことを詳しく学ぶというより冷戦時代のイギリスの少女という立場から核ミサイルの脅威で常に死を意識しながらも必死に活動してその時代を生き抜いていく姿を映画にしている様に感じました。

そんな世界の終わりを迎えようとしている中でとるべき行動に正解は存在するのでしょうか?

この映画に登場した人々はジンジャーと同じように核ミサイルにより死を意識しながらも自分の生き方を貫いている様に感じました。

後から見れば善や悪に見えてしまうかもしれないですが、ジンジャーが言っていたようにその恐怖を生き抜くためには信じるものがそれぞれに必要だったように思います。

そしてそれが活動のエネルギーになる者、愛を求める者と違う形で現れただけなのです。だからジンジャーは許すことができたのではないでしょうか。

全員に共通していたのは形は違えど核の恐怖に打ち勝ち生き抜こうとしていたことです。

実際にはジンジャーが17歳になるまでの間にたくさんの歴史的な出来事が起こっています。言えない秘密という心の爆弾と核、そしてアメリカとソ連の対立のように各々の人間関係がどんどん対立していく様子がなんとなくシンクロしているように感じました。またたくさんのジャズの名曲が流れる映画でもあるのでそういう楽しみ方もあるとおもいます。

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ジンジャーの朝 さよなら、わたしが愛した世界 (字幕版)

予告編はこちら

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ロシアの核実験場での出来事を描いた映画はこちら

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  アメリカの公民権運動の流れが分かる映画の記事はこちら

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 だいたい同じくらいの年のことが分かる映画の記事はこちら 

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アメリカの公民権運動について分かる映画完結 

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『ぼくの名前はズッキーニ』のズッキーニから自分の居場所を学ぶ

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子供の視点から自分の居場所を学べる映画

『ぼくの名前はズッキーニ』のズッキーニから自分の居場所について学びました。スイス、フランス、ポルトガルの映画です。この記事は※ネタバレがあります注意してください。基本的には母を過失で殺してしまった9歳のイカールが警察官に保護され施設に入り過ごしていく物語です。

イカールからズッキーニへ

イカールは名前がありながらも母親から“ズッキーニ”と呼ばれていました。そしてアルコールに溺れる母に怒られることに怯えて咄嗟に突き飛ばしてしまいます。その結果母親は死んでしまいます。そして保護され警察官のレイモンと出会い施設へ連れて行かれます。

ズッキーニにとっての母親と父親

母親と父親にについてこのように話しています。

レイモン「お母さんは優しかった?」

ズッキーニ「 ビールばっかり飲んでたけど作るポテトはおいしいし たまに笑ってた」

レイモン「そうか 笑わない時は? お父さんはどこに?」

ズッキーニ「ここ メンドリと一緒にいる パパは若い娘が大好きなんだって」

映画『僕の名前はズッキーニ』より引用

 つまりレイモンの質問に対してはっきりした解答はしていません。

ですが父親が若い娘と不倫をして母親は見捨てられそこからアルコールに溺れるようになりズッキーニにきつくあたるようになった様に僕には思えました。そして母から呼ばれた“ズッキーニ”という呼ばれ方をとても大切にしています。

だからズッキーニにとって母はどうであろうと母であり父は父なのです。そんな風にこの会話から感じました。

そして両親を失ったズッキーニにとって母は“ビールの空缶”、父は“メンドリとヒーローの絵が描かれた凧”という物に置き換わります。

施設での居場所

施設でズッキーニは心を閉ざしたままでした。ベットの下に母と父を大切にしまいます。しかし翌日、凧を勝手に触られシモンを突き飛ばします。これをきっかけに2人は話し合います。

施設にいる子供たちがどんな理由でここに連れてこられたか教えてもらったのです。そしてズッキーニも連れてこられた理由を話しました。そこのシモンの言葉が印象的だったので紹介します。

 シモン「皆 同じさ 誰にも愛されてない」

映画『僕の名前はズッキーニ』より引用

そして絵を描きながら施設での暮らしをレイモンにみせます。心を開き始めたズッキーニは徐々に施設に馴染んでいきました

カミーユとの出会い

ズッキーニが施設にはいってからしばらくしてカミーユという女の子が施設に連れてこられます。しかしカミーユは自分が連れてこられた理由を話しませんでした。

カミーユが来た理由が知りたいズッキーニとシモンは夜に園長室に忍び込み資料を目にしてカミーユが連れてこられた理由を知ります。

大人の種類

スキー場で子供同士でふざけていると注意してくる大人が居ました。親は何処と聞かれ正直に答えても“ウソ”と捉えられ相手にしてもらえません。自分の常識から逸脱したものは信じることができない本当と捉えられない大人の醜い部分が感じられました。

対照的に転んだ少年を優しく抱き起し額にキスをするシーンで大人、親の子供に対しての愛情のようなものに施設の子供たちは全員その様子に釘付けになります。

シモンの言う誰にも愛されていないというのが焼き付けられているかの様でした。

子供たちの共通点

たとえどんな事情で親から引き離されてもこの施設にいた子供たちは親からの愛情を誰よりも欲している様に思いました。ズッキーニがレイモンと警察で会話していた時にも感じたように各々が親との繋がりを施設に居ながらもずっと求めているのです。

“ズッキーニ”という名前も親との数少ない繋がりからくる執着なのかもしれません。

レイモンとカミーユの叔母

大人の種類でも書きましたが2種類の大人が強調して出てきています。

レイモンは子供に理解がありどうにかしてあげられないか誠実に考える大人、対してカミーユの叔母はどうにかカミーユと同居して補助されるお金を目当てにしています。そして子供たちはそれをちゃんと察知していました。

新しい居場所と子供達の葛藤

ある日レイモンからズッキーニとカミーユと3人で一緒に暮らさないかと提案されます。しかし施設の他の子は残るのに自分達だけ新しい居場所を見つけていいのか気にするのです。

しばらく考えてシモンはちゃんと受け止め送り出してくれました。僕たちのためにも2人は出ていくべきだと判断したのです。

レイモンと初めて暮らし始めたときのカミーユの涙はその葛藤の涙とようやく辿り着いて背負っていたものから解放されたような安心感からなる2つの涙が混ざっていたように見えます。そしてシモンは心の予報を晴れにして施設全員の子が晴れマークになりました。

学んだことと書きたいこと

子供たちは大人の勝手な都合で居場所を奪われることがあります。しかしこれは子供に限らず人間にあてはまるように感じました。

そして自分の居場所がないと壊れないにしても施設に入りたてのズッキーニの顔のようにとても暗くなってしまうのでしょう。

孤独でも暗くならない人は自分の居場所をしっかり作り上げているのだと思います。

そして居場所を作るには“愛”というものがとてもキーワードになっている風にこの映画から学びました。

形だけの居場所というのはたくさん存在していますがそこに物足りなさを感じるのは愛が足りず、カミーユの叔母のような存在の何かがあるからなのかもしれませんね。

現実的な居場所ではなく心の居場所は愛によって作られていることを考えた映画でした。短いので観やすかったです。

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ぼくの名前はズッキーニ(字幕版)

予告編はこちら

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 孤独な愛を知らない中年おじさんが愛を知る少年を養子として迎える映画の記事はこちら

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 子供の心が大人によって歪められ破壊される映画の記事はこちら 

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『シークレット・オブ・モンスター』のプレスコットから心の歪みを学ぶ

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心の中の怪物の生まれ方が学べる映画

『シークレット・オブ・モンスター』のプレスコットから心の歪みを学びました。イギリスとフランスとハンガリーの合同制作映画です。この記事は※ネタバレがあります注意してください。今回はプレスコットの心に焦点をあてて観ました。

基本的に1918年にアメリカ人の男がヴェルサイユ条約締結するため政府から派遣され家族を連れてフランスにやってきます。その息子プレスコットの心がどんどん歪んでいき“独裁者”というプレスコットの中の怪物が生まれていきます、幼少時代に重点がおかれている話です。

ヴェルサイユ条約と簡単な時代の流れ

この映画の時代背景は第一次世界大戦の講和条約であるヴェルサイユ条約が結ばれる時期になっています。まずヴェルサイユ条約とは何なのか調べてみました。

ヴェルサイユ条約(ヴェルサイユじょうやく、仏: Traité de Versailles)は、1919年6月28日にフランスのヴェルサイユで調印された、第一次世界大戦における連合国とドイツ国の間で締結された講和条約の通称。

正文はフランス語と英語であり、正式な条約名はそれぞれフランス語: Traité de paix entre les Alliés et les Puissances associées et l'Allemagne、英語: Treaty of Peace between the Allied and Associated Powers and Germanyであるが、ヴェルサイユ宮殿の鏡の間(英語版)で調印されたことによって、ヴェルサイユ条約と呼ばれる。

ヴェルサイユ条約 - Wikipedia より引用

簡単にしか触れませんが冒頭の「序曲」でウィルソン大統領や第一次世界大戦の映像が流れます。簡単に時代の流れだけ書いておきます。

  • 1914年第一次世界大戦が勃発
  • イギリス、フランス、ロシアの連合国とドイツと同盟国が戦います
  • 1917年4月アメリカが連合国側に参戦します
  • 1918年11月11日ドイツが降伏し連合国と休戦協定が締結
  • 1919年1月18日パリ講和会議が開始します

そしてこの条約を結ぶためにフランスに来ることになるわけですがあくまでも今回はプレスコットの心に焦点をあてたいので詳しく知りたい人は調べてください。

映画の構成とプレスコットの不可解な行動

  • 序曲
  • 最初の癇癪“来るべきものの予兆”
  • 第2の癇癪“新しい年”
  • 第3の癇癪“1頭のドラゴン”
  • “新しい時代あるいは私生児プレスコット”

という5つに分かれていました。

プレスコットは映画を通して数々の不可解な行動をし癇癪を起します。僕が気づいた中では以下のものがあります。

  1. 教会の大人たちに石を投げつける
  2. 髪を切ることへの異常な抵抗を見せるも女性と間違われると感情的になる
  3. 空腹と言いつつもご飯を食べない
  4. 突然アデレイトの胸を触る
  5. 父親の会議の最中に性別を間違わられほぼ裸で歩き回る
  6. アデレイトとの勉強を断るも個人で猛勉強をし成果を出す
  7. 服を脱ぎ鏡の前で腕を回す
  8. 祝賀会の席で祈りを求められ大勢の前で“もう祈りを信じてない”と連呼する
  9. 石で母を殴りつけて逃げ回り倒れる

これらのシーンを考えながらプレスコットの心が歪んでいったのは何故なのかを考えていきたいと思います。

プレスコットの心を歪めたもの

とある勉強の日に直接的な描写はないですがフランス語を教えてくれているアデレイトと父に関係があることを察知します。食事の際にそれとなく聞きますが上手く父親にかわされます。

そして母とチャールズのどこかぎくしゃくした関係。そして母親がチャールズに対して手紙を送ります。

後に触れますがプレスコットにとって理解者はモナだけに見えました。許しを求めるも容赦なくモナを切り捨てた母に対して心を閉ざします。

部屋に閉じこもり服を着ないプレスコットに対して父親は無理やり服を着せヴェルサイユに連れて行き祝賀会に参加させます。

唯一の理解者モナ

映画内でプレスコットの理解者はモナだけのように僕には見えました。

休みから復帰し飛びつく、残した食事を変わりに食べてあげたり廃棄する、彼が寝る時髪を触り額にキスをしても嫌がる様子が見られない、部屋に閉じこもるプレスコットに食事と頼まれた本を与えます。そしてそれがきっかけでモナは屋敷を追い出されることになります。その時プレスコットは怒り母を突き飛ばし悲しむ姿を見せます。

行き着いた一つの答え

彼は大人という存在が徐々に信じられなくなっていきます。

父とアデレイトの関係を察知し、アデレイトを屋敷から追い出すために彼は勉強をしました。母とチャールズとの関係もプレスコットなら感じ取っていたでしょう。

そして唯一の理解者モナまで母によって奪われます。つまり大人達を信じることができなくなっていったのです。

その大人たちが信じている祈りを信じることはプレスコットには出来ませんでした。信じていない人たちが信じていることを信じれないということです。

そんな思いは小さい子供のプレスコットの体には入りきらないほどの感情が詰め込まれたわけです。そして歪んだ形として現れます。

最後の章の名前からもわかるように私生児プレスコットとあります。そこから推測するにプレスコットの父親はチャールズだったのではないでしょうか。

そして独裁者としてのプレスコットが生まれたのです。

学んだことと書きたいこと

子供は大人が思っている以上にいろんなことを察知していていろんなことを考えているのだろうなと改めて思いました。

そんな中で受け止めきれない溢れだした思いがいつの間にか心を壊していくのだなと。

周りが何をしても止まらなかったのか、それともできることはあったのかそれは分かりませんがただ人の心を歪めるにはじゅうぶんすぎるほどの光景がそこにはありました。

興味がある方は是非観てください。複数回観ることによってちょっとずつ謎が解けていくような映画になっていると思います。僕は一応3回観ました。

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シークレット・オブ・モンスター(字幕版)

予告編はこちら

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 時代は違いますがアメリカの公民権運動についての映画はこちら

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『心の中のレントゲン』という絵を描きました

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『心の中のレントゲン』すろまる


※11月8日17時時点、名前の文字が汚いと意見を頂いたのでテキストを作り直し画像を載せ直しました。そのためアイキャッチ画像の画像と違いがあります。

こないだ『ペイントさん』という物語を自分で作ってみたときに絵が描けなくて写真で代用しました。

でもいつかは絵本が作りたいので絵が描ける人を探せばいいのですがなかなかコミュニケーションが取れず、どんな絵がいいのかすら自分ではわからず

なので自分で描き始めました。

描いている最中は特に何も考えていません。スマホと指で描きました。

夜中の寝そうなときに描いたのは覚えています。

これは描き終わってから自分で感じたことです。

僕の中では1個だけ不自然なパーツがちょっと不気味な顔に見えたりレントゲンの時の骨みたいに見えたりすごい心の叫びみたいなのを嘆いている様に見えました。

夢と現実のなんとも言えない場所でいろんなものにどんどん居場所が奪われていくようなそんな悲しさを表現したかったのかもしれません。

Tayasui Sketches

Tayasui Sketches

  • Tayasui.com
  • 仕事効率化
  • 無料

apps.apple.com

このアプリで描きました。なんとなく検索したらなんとなく出てきたのでなんとなく使っただけで特に意味はありません。

フォローさせていただいている方のツイートを眺めていたらこれもたまたま11月8日はレントゲンの日だそうです。

 ドイツの物理学者ヴィルヘルム・レントゲン博士がエックス線を発見したのが1895年(明治28年)11月8日であり、今年で117年を迎えます。 レントゲン博士により発見されたエックス線は、医学史の中でも最大の発見といわれており、放射線医学の歴史はここから始まりました。

 公益社団法人日本医学放射線学会|レントゲンの日 より引用

実際には124年ですかね、引用された文が書かれたときが117年だったようですが今は2019年の11月8日なので。

後付けでなんかいろんなことが絡んできて偶然なのかそういうものなのか、昨日のSIDSの記事といいなんか偶然が続いていて少し怖いです。

今日は少し映画や本から離れて絵、というものに触れました。

※2019年11月11日追記

このあとも少し絵を描いたので載せておきます。

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『朝顔』すろまる

そしてあと2枚ほど描きました。全部なんとなく手が動くままに描いたもので題名は全部後付けです。

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『富士山』すろまる

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『かぐや姫』すろまる

普段なかなか絵を描く機会がないのでとても新鮮でした。ちょこちょこ描き始めてみようとおもいます。いいリフレッシュになります。個人的には『朝顔』がお気に入りです。
色々描いてて思いましたが結構ふわっとした表現や丸が好きなんだと個人的に思いました。 

映画や本を読みながら文章だけではなく絵や音楽といったいろんなものに触れていき自分の人生がより楽しくなっていけるように勉強していきたいと思います。

SNSやネット上でたくさんの人の作品を観て「自分」というものをしっかり文でも音でも絵でも表現していけるようになりたいです。なので色んなアプリやソフトを使ってみたいと思います。

『ペイントさん』という物語をかいた時の記事はこちら

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 「SIDS」を偶然学んだ記事はこちら 

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 画家さんが出てくる映画はこちら

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 美術の先生が出てくる映画はこちら 

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 お絵描きが好きな少年の映画はこちら 

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 絵を描くのが大好きな父親が出てくる映画はこちら

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 絵を描くのが好きな母親が出てくる映画はこちら 

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『水曜日のエミリア』のエミリアとイザベルからSIDSを学ぶ

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複雑な家庭環境と娘の死を受け入れながら進んでいく映画

『水曜日のエミリア』のエミリアとイザベルからSIDSを学びました。アメリカの映画です。この記事は※ネタバレがあります注意してください。

基本的にはジャックと不倫をして妊娠したエミリアは前妻と離婚をしたジャックと結婚しジャックと前妻の息子ウィリアムの継母となります。しかし娘のイザベルが死んでしまい人生を進めなくなってしまった彼女が変わっていく話です。

エミリアにとって娘の死

家にはイザベルのためのベビー用品がたくさん残されたままでした。エミリアはその品を未だに整理することができず何かあるたびに娘のことと結びつけてしまい周囲にきつくあたってしまっていました。ベビー用品が整理できていなかっただけでなく心の整理も未だ手付かずのような状態に僕にはみえました。

そんな中、義理の息子であるウィリアムがイーベイで不要な物を売らないのと会話する中でベビー用品の話を出します。

余談ですがイーベイは調べてみると実在するネットオークションだったので紹介します。

 eBay Inc. (イーベイ) は、アメリカ合衆国カリフォルニア州サンノゼに本社を置くアメリカ合衆国のグローバルEC企業で、世界中で1.6億人、Sellerは2,500万人(個人・法人含む)とインターネットオークションでは世界最多の利用者を持つ。

eBay - Wikipedia より引用

 SIDSと乳幼児の死因について

映画内でイザベルの死因はSIDSとされています。このSIDSとはなんなのか調べてみました。厚生労働省のページで紹介されていたので紹介します。

睡眠中の赤ちゃんの死亡を減らしましょう
睡眠中に赤ちゃんが死亡する原因には、乳幼児突然死症候群(SIDS:Sudden Infant Death Syndrome)という病気のほか、窒息などによる事故があります。
○ SIDSは、何の予兆や既往歴もないまま乳幼児が死に至る原因のわからない病気で、窒息などの事故とは異なります。
○ 平成30年には60名(概数)の乳幼児がSIDSで亡くなっており、乳児期の死亡原因としては第4位となっています。
○ SIDSの予防方法は確立していませんが、以下の3つのポイントを守ることにより、SIDSの発症率が低くなるというデータがあります。

乳幼児突然死症候群(SIDS)について|厚生労働省より引用

www.mhlw.go.jp

僕の姉が数か月前に赤ちゃんを産んだばかりだったので他人事と思えないので自分の勉強のためにも載せておきます。

窒息の事故に関しては僕もなんとなくイメージはありました。ただSIDSは窒息とは別の原因不明の病気だそうです。厚生労働省の情報によりますと死因が4位になっています。平成28年では3位だったみたいです。以下にグラフを載せておきます。

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【出典】11月は「乳幼児突然死症候群(SIDS)」の対策強化月間です |報道発表資料|厚生労働省

平成30年までのもありましたので載せておきます。

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【出典】https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000181942_00003.html 厚生労働省

厚生労働省のページにも書いてありますが2019年11月というより

毎年11月はSIDSの対策強化月間です

少子化の影響で下がっているのか関係者の努力で下がっているのか両方なのかは僕にはわかりませんが一応SIDSによる死亡者数は減少傾向なのがグラフからはわかりました。そして今では死因の3位から4位に下がったということでしょう。

たまたま観た映画で扱われていた死因がたまたま11月強化月間という偶然に少し驚いています。

ちなみに他の1~3番目に多い死因については厚生労働省のページに載っていたので調べてください。今回はあくまで映画と関係のあるSIDSについて書きたかったので紹介しません。

エミリアの誤解

エミリアは自分がイザベルを抱いたまま寝てしまったことで窒息させて殺してしまったのだとずっと胸の中に閉じ込めていました。

「私のせいでイザベルは死んでしまった」のではないかと。

それが間違いであると科学的に証明されたことによってエミリアは娘の死はSIDSであったことを受け入れます。そして心の整理がつきベビー用品の整理を行いました。

学んだことと書きたいこと

まずはSIDSという乳幼児突然死症候群というものが存在します。僕は知りませんでした。

これは窒息死等の事故とは別のものです。

日本では減少傾向にあるもののそれが対策によるものか少子化によるものかまたはその両方かは僕には分かりません。

しかし11月はSIDSの強化月間というものを厚生労働省では紹介しています。

できる対策なども載っていました。是非一度調べてみてください。

また今回はSIDSに焦点をあてて書いたのであまり映画には触れていませんが、実際はここにウィリアムとの接し方や父との復縁、ジャックとの恋愛等がすごく複雑になっていて各々の気持ちになって観てみると何通りのみかたが出来る映画だと思いました。またユダヤ教の掟や仏教の輪廻転生の考え方などさまざまなことが飛び出してくるのでそういう方面で考えてみるのもいいのかなと思いました。ぜひ良かったら観てください。

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水曜日のエミリア (字幕版)

予告編はこちら

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『幸せなひとりぼっち』のオーヴェから自分を貫くことを学ぶ

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孤独で偏屈なおじさんが自分を貫いて生きる映画

『幸せなひとりぼっち』のオーヴェから自分を貫くことを学びました。スウェーデンの映画です。この記事は※ネタバレがあります注意してください。基本的には口うるさい老人として近所から嫌われている老人が妻と職を失い生きる希望をなくし妻を追いかけるため自殺を試みるもいろんな形で邪魔をされて生きていく中で心境に変化が生まれてくる話です。

周りから見たオーヴェ

オーヴェは近所から煙たがられる存在でした。それは彼の性格がひねくれている様に見えるからです。具体的にはゴミの分別にうるさかったり規則は絶対に破らない、犬のトイレにうるさく映画中に何度も周囲の人間を“バカども”と見下すことがあります。

冒頭の車列のなかで唯一彼の車が違う道に曲がるシーンはそんな彼のはみ出し者さを感じました。

4回にわたる自殺未遂と走馬灯

映画においてオーヴェは自殺未遂を何回も起こします。

オーヴェ「最後の瞬間 脳の処理速度は上がり 現実世界がスローで見えると言う」

映画『幸せなひとりぼっち』より引用

  1. 首吊り(母を想い出す)
  2. 車内での一酸化炭素中毒(父を想い出す)
  3. 駅のホームから電車への飛び込み(幼い頃の自分を想い出す)
  4. 銃(妻とお腹の子を想い出す)

自殺未遂を通して彼は自分を振り返っていきます。

生き方を決めた瞬間

幼少の頃父の同僚とトラブルがありました。そして父の死後、その同僚によりまたトラブルに巻き込まれます。父はもういないとからかわれながらもその際オーヴェは屈しず立ち向かうのです。父のように正直にまっすぐ生きたいと心に決めた瞬間のように思いました。

オーヴェの運命の捉え方と白シャツ

37分くらいのシーンです。隣人の火事により自分の家が燃えてしまいます。

オーヴェ「“運命とは人の愚行の積み重ね”と言う それが本当なら私の運命は隣人の愚行の結果と言える」

映画『幸せなひとりぼっち』より引用

彼は正直に生きながらもいつも「自分」らしく生きることに邪魔をされます。そして彼はその邪魔する存在を“白シャツ”と呼んでいました。

名前を名乗らず所属だけ言う人達、つまり「自分」を持たない者達によって自分の運命はいつも邪魔されているのだとオーヴェは感じていたのです。

妻ソーニャの存在

そんなオーヴェも嘘をついた瞬間がありました、自分の職を偽ったのです。ソーニャとのレストランでの一言がオーヴェの性格を物語ってくれていました。45分くらいのシーンです。

ソーニャ「それだけでいいの?」

オーヴェ「食べてきた」

ソーニャ「どうして?」

オーヴェ「君が好きなものを注文できるように」

映画『幸せなひとりぼっち』より引用

 ですがやはり全て正直に話します。軍に所属しているのではなく列車の清掃係であると。そんな真っ直ぐな彼に惹かれて2人は結婚します。妻ソーニャはオーヴェにとって唯一の理解者だったのです。

変わりだすオーヴェと変わりだす近所

近所の人に巻き込まれていく中で良い意味で彼にとっての「普通」がみんなにとっての「特別」になっていくのです。そして近所の人との会話のなかで気づきを得ます。

パルヴァネ「何よ それ 私を励ましてくれた人がただ座って自分を憐れむわけ?“周りはバカばかり”と そして諦める 解決できるのは地球上で自分だけだから でも1人で何もかも解決はできない あなたでも」

映画『幸せなひとりぼっち』より引用

 オーヴェは「自分の中の普通」ができない人間や“白シャツ”を一方的にバカにしたり問題児としてみてきました。

つまり自分で解決できなければ誰にもできないだろうと諦めるのです。僕にはこの時までオーヴェは「自分の中の普通」ができない人間と運命を邪魔する“白シャツ”を“バカども”というくくりで同一視していたように感じました。

そんな彼にパルヴァネは1人で全て解決できる万能な人なんかいない、みんなとなら何かできなかったことができるかもしれないと気づかせるのです。

そして彼はついに心を開くのです。そしてみんなの力で“白シャツ”を追い返します。

つまり自分にも解決できないことがあると受け入れることは近所の人と自分は変わらないのだ、少し出来ることが多いだけで万能ではないと気づくのです。そして彼の想いは近所の人にしっかり引き継がれていきました。

学んだことと書きたいこと

人生の最期まで彼は自分の生き方を貫いていました。

しかし何故煙たがれていた彼があそこまで慕われる人になったのでしょうか。

変わったのは一方的に自分の生き方を押し付けるのではなく心を開いたことです。

そして芯は変わらずに心を開いていく彼に周囲は自然とついてくるようになりました。

つまりただの偏屈者になのるではなく心を開いたうえで自分の生き方をしていくことが「幸せなひとりぼっち」な生き方なのでしょう。ただ押し付けているだけでは「寂しいひとりぼっち」な生き方になってしまうということです。

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幸せなひとりぼっち(字幕版)

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『スイス・アーミー・マン』のハンクとメニーから故郷を通して本来の自分を学ぶ

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人前でオナラをして故郷へ帰る映画

今回は『スイス・アーミー・マン』のハンクとメニーから本来の自分を学びました。結構衝撃的な映画だったので扱いに困りましたが面白かったので記事にします。アメリカの映画です。この記事は※ネタバレがあります注意してください。

基本的には無人島で助けが来ず孤独に絶望したハルクが自殺をしようとした時、同じ島に流れ着いたメニーを見つけて共に故郷を目指して帰るという話です。ただ少し独特です。ハルクと共に故郷に帰るメニーは死体だからです。

辞書にある意味の故郷も出てきますが、この記事において緑文字の故郷は本来の自分のあるべき場所という意味で使いたいと思います。

アーミーナイフと映画のタイトル

タイトルと関連があるので紹介します。僕は知らなかったのですがアーミーナイフとはいわゆる多機能ナイフのことです。

アーミーナイフ(英: Army Knife)あるいはマルチツールナイフ(英: multi-tool knife)とは、ナイフを含むマルチツールであり、ツールナイフである。 キャンピングナイフ、多機能ナイフ、マルチパーパスナイフ、十徳ナイフ(じっとくナイフ)とも呼ばれ、機能の数に応じて「○徳ナイフ」と呼ばれることもある。

戦闘には用いないが、軍隊で日用的な目的で使用することを想定して制式採用しているので「アーミーナイフ」という俗称も用いられるようになった。

アーミーナイフ - Wikipedia より引用

そしてこのアーミーナイフの中で世界的にもよく知られているのが「スイス・アーミー・ナイフ」なのです。

つまりこの映画のタイトル『スイス・アーミー・マン』は様々な機能を持った男という映画内のメニーの特徴を指しています。

鍵になるオナラと下品さ

映画において様々なシーンで数々な下品なことが登場します。ですがこの下品とされているオナラと下ネタがこの映画においてはとても重要な役割を果たしていると感じました。なのでこういうのが苦手な方は注意してください。

オナラが伝えたいこと

映画内でオナラについて語るシーンがあるので紹介します。1時間5分くらいのシーンです。

 ハルク「人前でコクのはマズい」

メニー「構わないさ」

ハルク「ヤバいよ 人は他人のオナラを嫌う」

メニー「だから君もしないの?」

ハルク「そうさ 誰もいない所でやるか やるのを我慢する これが常識だ」

メニー「悲しいことだ とても悲しい 自由を奪われるのにどうして故郷へ戻る」

ハルク「ここにいるべきかも」

映画『スイス・アーミー・マン』より引用

つまりハルクにとってオナラや下ネタは他人の前ではしないのは常識だと言います。そしてみんな誰もいないところでこそこそするか当たり前のように我慢しているのだと。

オナラも下ネタも常識的に考えて他人が嫌悪を抱くものとして扱われています。しかしメニーにはそれが理解できませんでした。

扱っている内容がオナラであるところがこの映画のおもしろい所ですがあくまでここで重要なのは自由でいられない、我慢を強いられる場所がはたして故郷と呼べるのかどうかということです。そしてそのような場所に帰る必要性があるのかとメニーは考えたのです。

多数派と少数派

常識だとハルクが言うように多くの人が我慢していて我慢をしない少数のはみ出しものは映画内で軽蔑の目で見られます。ですが自分を偽ってまで、演じてまでそこに居る価値が本当にあるのかどうかを問いかけられている様に僕は感じました。

その人によって常識は当たり前にも不気味にも変わる

少なくとも2人が当たり前のように行ってきた行動はたくさんの人にとって不気味でした。少数派の世界と多数派の世界は1つの世界でありながらも別々にみてしまう大人が大半なのです。

海辺でのシーンではハルクとメニーの行動は大半の大人には理解をこえた不気味なものであり子供と父には笑えるものであるのです。これが2つの世界が1つになった場所になっていました。そして人前でオナラができるようになったハルクとメニーは故郷へ帰ります。

学んだことと書きたいこと

この映画においてのオナラ、下ネタ、下品さは多くの大人たちが常識という世界の中で我慢を強いられている象徴として扱われていると僕は思いました。

そして学んだこととして我慢をすることにより自由でいられないような場所は故郷とは呼べないということです。

そこで演じて生きることは僕は違和感を抱えたまま生きていくことだと感じました。

しかし現実問題多くの大人はその常識のなかで生きていかなければならないのです。当然こえてはいけない線はあります。

そこを理解したうえで我慢の世界から抜け出すか抜け出さないかは本人の問題であり決意をして一歩を踏み出した人にとってはとても近い場所に実は故郷があるのかもしれません。

 重ね重ねいいますがとてもおすすめしていいのか紹介していいのか難しい作品でした。オナラはたくさん出るし下ネタもわりと容赦なくあります。こういうのを気にしている時点で自分もまだ一歩を踏み出せてないのかもしれませんね。

観たい人は是非観てください。ちなみにメニーを演じているのがポッター役を演じたダニエル・ラドクリフなので衝撃は大きかったです。

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スイス・アーミー・マン(字幕版)

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『ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります』のカーヴァー夫妻から部屋を通して自分らしさを学ぶ

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自分らしい捉え方を部屋を通して学べる映画

今回は『ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります』のカーヴァー夫妻(アレックスとルース)から部屋を通して自分らしさを学びました。アメリカの映画です。この記事は※ネタバレがあります注意してください。基本的にはカーヴァー夫妻が住んでいる部屋を売りに出し新しい部屋を買うなかでいろんなことを体験し思い出を振り返りながら気づいていくという話です。今回は部屋というものに焦点をあてて観ました。

夫妻が部屋を売ろうと思ったのは何故か

結婚して2年目のときに夫妻は5階にある眺めの良い部屋を手に入れました。向かいに住んでいるお爺さんに挨拶をしたとき愛想がありませんでした。それから40年そこに住み続けてある問題がおきます。エレベーターがないため階段がしんどいのです。

また日課の散歩をする中でこの階段生活は愛犬のドロシーにも負担がかかりドロシーは椎間板ヘルニアを発症してしまいました。

この40年という時の中でブルックリンは田舎からお洒落な街に変化していきました。これからのことを考えて夫妻は部屋を売却するためにルースの姪のリリーに頼んで内覧会を開催します。

内覧会

そもそも内覧会って何だということで調べてみました。

限定された人に対して、何かを披露する会の総称。建築業者が新築住宅に購入者を招いて行う完成披露会など。

内覧会(ないらんかい)とは - コトバンク より引用

僕はアパートを借りる際に現地に部屋を何か所か見に行ったことがあります。

映画では部屋を売却するために希望者に見に来てもらって気に入ってくれた人にオファーを出してもらうという意味で内覧会という言葉を使っていました。

夫と妻それぞれの性格

アレックスは消極的で現実的で冷静、ルースは積極的だが心配性という夫妻間での考え方の違いが内覧会やドロシーの治療の考え方等にみられます。

ルース「なぜいつも悪いことばかり想定するの?」

アレックス「最悪に備え 最上を祈る」

映画『ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります』より引用

現実的問題とお金による葛藤

ドロシーの治療やルースとの今後のことを考えるとお金が必要なことはアレックスは理解していました。部屋を売ることで得られる100万ドルは拒めないと。

ですが画家として生きてきた彼の経験してきた価値はお金に換えられるものではありません。そしてこの部屋は40年間アトリエとしてそんな彼を支えてきたのです。

そんな2つの想いが内覧会に消極的な彼の背景にはあるのだと感じました。しかしドロシーの治療に対してはしっかり決意を下すアレックスがいます。

画家と画廊、芸術とビジネス

まず画廊ってなんだってことで調べてみました。

絵画・彫刻などの美術品の展示場。多くは画商によって経営される。ギャラリー。

画廊(ガロウ)とは - コトバンク より引用

映画内でも画商と話し合うシーンがあります。そこでルースが芸術を言葉で表現していたので紹介します。45分くらいのシーンです。

ルース「絵は芸術作品よモノじゃないわ」

ジャクソン「事実を話したまでだ」

ルース「画家は市場のために絵を描くんじゃない 分かる?自分のために描くのよ」

映画『ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります』より引用

ここでは絵を芸術として捉えている夫妻絵をビジネスとして捉えているジャクソンという違いがはっきり示されました。別にどちらの考え方が正しいという訳ではありません。

そしてこの映画で感じたのは部屋、家も同じように考えられるのではないか?ということです。

失ったものを取り戻す

そして夫妻は今の部屋売る、新しい部屋買うにあたって入札競争に参加していきます。そしてあることをきっかけに気づくのです。いつの間にかビジネスの世界に巻き込まれていて自分達が居るべきところはここじゃないと。老後を心配するがあまりいつの間にか部屋の値段の高い安いに巻き込まれ2人でいれればそれで良かったはずなのにいつまでも住めないことはわかっていても競争に巻き込まれてまで引っ越す必要なんてなかったということに。そして40年前の老人は疲れていましたが彼は笑顔で新しく引っ越してきた人を迎えました。

学んだことと書きたいこと

同じものを見ていても人によって捉え方は違います。そこに正解はありません。ですが自分らしさはあります。

生きていくうえでたくさんの問題や心配事は発生します。そしてそれらは自分らしさをたまに見失わせることもあるでしょう。

そして知らない間に自分らしさとは離れたところに巻き込まれていることがあります。

ですがアレックスは画家としてビジネスとしてではなく芸術的に部屋、家の価値を判断し自分たちの夫婦間の関係も見直しました。

この映画は自分らしさとは何か、今いる場所は他のことに巻き込まれて辿り着いてしまった場所じゃないのか考えるきっかけをくれました。

もし今いる場所に自分らしさがないのなら、巻き込まれて辿り着いた場所なら失われたものはそこにはないのでしょう。

自分の捉え方で“眺め”てみると自分にとって最高の景色が見つかるのだと学びました。

とってもいい映画でした。自分は祖父母の家はエレベーターを設置していたので困っていませんでしたがたしかに階段はやがてきつくなると親族をみていて思います。ただ自分らしさというのは現実的に難しいものの歩けなくなっても最後まで失いたくない部分だなと思いました。あまり役者さんの名前覚えないのですけれどモーガン・フリーマンの出ている作品は好きです。良かったら是非観てください。

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ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります(字幕版) 

予告編はこちら

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